ハンガリーの高校物理の先生、トス女史とウバーリ氏の講演

笠  耐

 国際的に著名なハンガリーの高校物理の先生、トス・エステル女史(Dr. Toth Eszter)とウバーリ・シャンドール(Mr. Ujvari Sandor)が、今年の8月21日から長崎で開催される放射線教育国際シンポジュウムに招待され、来日される。そこでAPEJの運営委員会はお二人にAPEJの夏期研究大会でも講演をして頂く計画を立て、お願いしたところお二人とも快諾してくださった(夏期研究大会プログラム参照)。
 ハンガリーの中等教育における科学や数学の教育が伝統的に優れていることは、ウイグナーやノイマンを始めとする多くの国際的に著名な天才が、人口約1千万人の小さな国から輩出したことでも知られている(マルクス・ジョルジュ著、盛田常夫訳:異星人伝説、日本評論社2001参照)。また、1970年代から約10年ごとに行われている科学教育に関する国際的調査の結果も、ハンガリーは最初から日本や英国と共に上位の成績を示していた。ハンガリーの物理学会会長や科学アカデミーの会長を歴任された故マルクス・ジョルジュ教授は、中等教育への関心が非常に強い方で、1970年代から科学教育の国際会議をハンガリーで数多く開催されたが、その目的の一つは、多くのハンガリーの高校教師や意欲的な生徒が国際会議に参加できるようにして、ハンガリーの科学教育の発展を願っていたのだと思われる(物理教育通信111号)。これらの国際会議が参加者に好評で成功したのは、教師としての優れた教育的見識と現代物理についての深い理解とを兼ね備え、献身的に会議の運営に協力していたエステルやシャンドール等によるところが大きいと私は確信している。
 教育の国際交流は、研究者だけではなく、教師同士の直接的な交流が重要であるという認識で、マルクス教授はトスさんと共に1986年の国際会議(物理教育通信46号)でも活躍されたが、私たちAPEJとの共催による国際会議もハンガリーで開催され、1992年の日本・ハンガリーの会議には日本から70名が参加し、また1997年の日本・中国・ハンガリー主催、IUPAPやUNESCO後援の国際会議には35名が参加した(物理教育通信70号、91号)。日本語を話せる親切なウバーリ氏は実験器具を沢山持ち込んだ愛知岐阜物理サークルを始めとする日本からの参加者のお世話で大変であった。
同氏は今、科学教育に関心が高い校長のおられる新しい学校で、日本の教師たちが残していった実験装置も活用しながら、生徒に探究学習や個人研究をさせ、多くの成果をあげている。2000年12月にかれの学校を訪問した時、同僚の教師や生徒たち、またその地域の物理学会支部のメンバーとも懇談したが、皆の信頼が厚いウバリーは、物理教師のリーダーとして活躍していた。
 私はこれまでに10回近くハンガリーを訪問して毎回エステルに会っているが、特に1990年には3ヶ月間ブダペストに滞在して、ハンガリー各地の高校を訪問し、カリキュラムや入試に関して調べた(物理教育通信63号、66号)。私が出会った教師は皆、非常に優れていて生徒の信頼も厚く、また、ハンガリー物理学会会員の半数は高校教師で、高校と大学との教師の関係は密に思われた。
 中でもトスさんは傑出した天性の物理教師で、大学のポストへの招聘があっても子供たちを教える方が好きと断り、様々な高校で教育を続けていた。チェルノブイリの原発事故の直後から、専門の放射線に関する知識を生かして、生徒たちに環境放射能の測定を実施させ、今では国中にネットワークを作り、放射能の強い地域には自分の生徒を連れて出かけて、村の住民に防御のための適切な指導をしている(Eszter Toth:Nuclear Literacy-Hungarian Experiences, Creativity in Physics Education, Eotvos Physical Society 1997)。
 高校におけるトスさんは、現代物理の考え方を反映させた内容について、実験と対話とをうまく組み合わせて、生徒1人1人が理解できるような授業を長年実行していて、その経験を元にハンガリーの高校生(14〜18歳)のためのテキストを書いている。その最上学年用のテキストの英訳「Modern Physics」を入手したので、笠潤平と共訳し出版した(下記:トス先生の物理教室)。このテキストの背景にある考え方を示した論文は笠潤平が訳している(物理教育通信93号)。
Toth Eszter 著 笠潤平/笠耐共訳 トス先生の物理教室 統計物理  丸善 1997
Toth Eszter 著 笠潤平/笠耐共訳 トス先生の物理教室 原子物理  丸善 1998
Toth Eszter 著 笠潤平/笠耐共訳 トス先生の物理教室 原子核物理 丸善 1998
 夏期研究大会にはできれば非会員の方も誘って、是非、ハンガリーの先生たちと活発に交流して頂きたい。トス先生は英語が達者で、臨機応変に通訳できる人が参加されますし、ウバーリ先生は日本語が話せるので、ハンガリー語から直接通訳して頂けると思います。